自然・歴史

ホップ

 

 

ホップの物語

われわれが、ビールという言葉を耳にする時、すぐに思い浮べるのはあの『ほろ苦さ』でしょう。飲み終えたあと、のどに残らないすっきりした苦味は、まさにビールならではの醍醐味といえます。そのビール特有の爽快な苦味は、主として原料のホップに由来します。ホップこそビールの味を特徴づけるためのカギを握る大切な原料なのです。

ここでは、そんな「ホップ」と「上富良野町」の関係をご紹介します。

ホップとは?

ホップとは、アサ科の多年生植物でハーブの一種。別名をセイヨウカラハナソウといい、西アジアが原産です。

古代から薬草として用いられて来ましたが、現在ではビールに苦味と芳香を与える原料として用いられています。松毬状の球果の中に黄色粒状のホップ腺があり、苦くて特有な香りがあります。また、鎮静・利尿などにも用いられています。

ホップ栽培は北海道

日本人がビールに親しみ出したのは明治維新前後です。その当時のビールに使用されていたホップは国産ではなく、おそらくヨーロッパから持って来たものと思われています。

 

北海道のホップ栽培の始まりは1872年(明治5)、開拓使のお雇い外国人トーマス・アンチセルが道内の地質など調査時に、現在の岩内町で野生ホップを発見。彼は日本でも将来ビール産業が盛んになるという予見のもと、開拓使にホップ栽培を建言したのが始まりと言われます。北海道の気候であれば自国用はもちろん輸出できるほどホップの収穫が可能だとみていたのです。

 

明治政府では、アンチセルの建言に従ってホップの「苗」を英国より購入しましたが、港に着いた時には皆ことごとく腐敗し、折角の苦心も水泡に帰したといいます。この他にもドイツ・アメリカからも購入している事が開拓使公文録に記載されています。

1877年(明治10)頃の札幌ホップ園

1876年(明治9)9月、開拓使麦酒醸造所(現サッポロビール)が開業され、本格的にホップの栽培が始っていますが、その後幾多の変遷をへて、1886年(明治19)にビール醸造所が民間の大倉組に払下げられると同時に、ホップ園も白石村(現札幌市白石区)に移転しています。ところが翌87年、ビール醸造所にやってきたドイツ人醸造師が札幌産のホップをしりぞけて使用しなかったため、自然その需要を失い開拓使以来続けられて来たホップの栽培は一旦は絶えてしまいます。

1935年(昭和10)頃の札幌・山鼻ホップ園

1897年(明治30)、ドイツ人醸造師が去り、一方ビール醸造業も年々盛大になると共に、再びホップ栽培の必要性を認め、たまたまビール醸造研究のためヨーロッパへ留学中の技師・矢木久太郎がドイツで購入したホップ種子を工場周辺に播種育成を図った結果、これが比較的有望だったため、苗穂ホップ園(現札幌市東区北8条東9丁目)を開設し、1906年(明治39)、大日本麦酒株式会社(現サッポロビール)が創立されると同時に、さらに山鼻ホップ園(現陸上自衛隊札幌駐屯地)も開設しました。

 

この当時わが国のビール業界では、ホップを主としてドイツやチェコスロバキア(当時のオーストリア)に仰いでいたのですが、経済界の変遷や国産ホップの栽培法が確立された事もあって、全国各地で優良栽培地を選択すべく試作を開始しています。1913年(大正2)には農商務省と協議し長野県下に大規膜な試作をおこない、さらに翌3年には北海道16ヶ所に農業試験場を通じて試作をおこなっています。

ホップを育てる

栽培管理

茎があらぬ方向に伸びたり、強風などで折れたりしないよう糸に導く、葉が茂りすぎて日当たり、風通しが悪くならないようホップを育て、地面から1mくらいの高さまでの葉を落として虫が上がらないように管理します。

一部の品種では、つるの成長が旺盛なため、「つる下げ」をします。これは張った糸をはずし、通路がふさがるぐらいにつるをたるませる作業で、球花の日当たりを良くします。

収穫

収穫は糸を一本一本切ってつるごと台車に積み込み、その後は機械に入れて球花を摘み取ります。小さいダメな球花はふるい落とし、良い品質を保ちます。

乾燥して出荷

収穫されたホップは、品質が落ちないようその日のうちに乾燥(基本8時間ほど)します。

乾燥が終わるとサッポロビールに出荷され、皆さんの喉を潤すおいしいビールに生まれ変わります。

そして上富良野へ

北海道での契約栽培の始まりは、札幌市周辺の藻岩村、琴似村、豊平町の一部(現札幌市)にて実施された1918年(大正7)といわれています。

 

1923年(大正12)におこなった上富良野村、夕張町、遠別村などでの試作の結果で、気候・風土・土質・生育状況、さらに収量・品質など総合して上富良野村が最も優れている事が判明。大正14年当時の、大日本麦酒株式会社の重役が視察した際、地形がドイツの産地に似ている事などから最適地と決定、直営ホップ園の開設、さらに契約栽培の計画が進められ、翌年富原にあった本間牧場を買受け、その年の10月上富良野ホップ園を開設しています。

1941年(昭和16)頃の上富良野ホップ乾燥所

1941年(昭和16)の大東亜戦争の勃発以降、ホップ栽培は困難を極めたようです(政府の衣料不足対策に収穫後のホップ古蔓16トンを供出した)。1945年(昭和20)には、ビールの醸造停止命令により、ホップは苗木のみ残し、あやうく整理されるところでしたが、同年8月終戦、再び栽培が続けられるようになりました。

1955年(昭和30)以降、高度経済成長に伴いビールの消費も急速に伸び、ホップの需要はますます増加し、換金作物への指向などからも安定作物として注目され出して来ました。

 

近年ビール消費者のニーズは本物指向へと進んでおり、品質の優れた原料の必要性が益々要求され、ビール業界も原料の品種改良、育種にバイオテクノロジーの新技術を用いるなど、育種年限の短縮をおこなっています。この中で、サッポロビールが2005年および2007年農水産省に品種登録をした、ホップの新2品種『リトルスター』・『フラノスペシャル』は注目されており、現在世界の最優秀品種とされているドイツのハラタウ種、チェコのザーツ種などと肩を並べる優れた特性をもち、ホップ栽培者の期待をあつめています。

 

このように上富良野とサッポロビールとの関係はおよそ90年にも亘る歴史があります。現在その名称を「バイオ研究開発部原料研究センター」と変え、研究員を揃えハイテクを駆使したホップの研究をしています。大規模経営の可能な北海道・上富良野からホップ研究が成果を挙げ、日本のホップ生産に活用されるばかりでなく、国際的にも貢献できる輝かしい日が来ることでしょう。

 

サッポロビールと共に

上富良野に広がるホップ畑は「サッポロビール」との協働契約栽培のものです。

ホップはビール醸造以外にはほとんど使われないので、あまり一般にはなじみのない植物ですが、もともと日本でも野生で見られる植物なのです。ホップは宿根性で、地下茎から毎年つるを伸ばすので、棚から吊るした紐に巻きつかせて栽培します。1日に30cmも伸びるときもあって、ビールに使うのは、この球花(きゅうか)と呼ばれる松かさに似た形をした果実です。

割ってみると、苞の付け根に黄色い粒(ルプリン)があり、ビールの苦味のもととなる樹脂や、香りの成分の精油が含まれているのです。軽くこすりあわせると、とてもいい香りがします。

 

前の項目にあったように、明治時代、政府が派遣したお雇い外国人の調査団が北海道で野生のホップを発見し、それがキッカケでサッポロビールが創業しました。「北海道でビール原料を自分たちの手で栽培して、そこからこだわっておいしいビールを作ろう」というのが始まりです。上富良野のホップ畑には、サッポロビールとの90年近いの歴史があります。ここホップ育種センターで生産者と共に、原料づくりからこだわる、ものづくりの伝統なのです。

上富良野のホップ畑

「育種」というのは、植物の遺伝的な性質を改良し、より良い品種を育成すること。そのサッポロビールでは「本当に原料にこだわるなら、生産者のニーズや栽培する条件などに合わせて、品種からつくっていくことが必要」として、ホップの品種改良を中心に研究を進めています。

 

狙いの親株を畑で交配し、得られた種子を育て優れた品種を選抜していくわけですが、ホップはいわゆる成年株になるまで3年を要しますので、通常交配から品種登録されるまで約10年はかかります。とても地道な取り組みなのです。そうした中から上富良野で生まれた品種「フラノスペシャル」をご紹介します。これは開発まで7年、2007年に品種登録されました。

「フラノスペシャル」の球花

ホップの種類は、爽やかな香りが特長の「アロマホップ」と、苦味の強さを特色とする「ビターホップ」に大別されます。

 

サッポロビールではアロマホップを中心にビール醸造を行っていて、「フラノスペシャル」は、アロマホップならではの香りを持ちつつ、豊かな苦味と経済性を実現した理想的な品種です。

ビール特有の苦味のもととなるα(アルファ)酸は、ビターホップの方により多く含まれていますが、アロマホップでもα酸の含有量が多い品種を作ることができれば、ビール醸造に用いるホップの量を抑えることができます。つまり、少量でおいしいビールを実現できる、経済性に優れている、というわけです。

サッポロビールでは2004年夏、試験的に栽培した分で「北海道生搾り 富良野スペシャル」を特別限定醸造しました。そこでは生ホップの状態で「フラノスペシャル」が使われ大好評でした。「フラノスペシャル」は、ここ上富良野町での生産量拡大を目指し、生産者としっかり話し合いながら、一緒に質の高い原料を追求していく。品種からのこだわりというのは、協働契約栽培という取り組みを行っているサッポロビールだからできることなのです。

サッポロビールには、100年以上にわたって、畑で原料に取り組んできた蓄積があります。先輩たちの残してくれた膨大な知見、そしてたくさんの品種。それは世界的にも類をみない貴重な財産になっています。その財産に、さらに新しい知恵を加えていくことでしょう。そうした地道な積み重ねから、おいしいビールが生まれていくんですね。上富良野も、そんなサッポロビールと共にがんばっていきたいと思います。

上富良野町で作られたホップはサッポロビールに出荷され、美味しいビールへと生まれ変わります。

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